熊日新聞Newspaper

熊日新聞に紹介されました

熊日新聞熊日新聞に当社社長が取材され、その時の記事が4月5日に掲載されました!!
その時の記事を抜粋してご紹介します。

手間と根気で最高の改造

 「製作技術は欧米に並んでいますが、パーツ製造までは及んでいません。まだまだですよ、それでも日本文化として根付くという確信はあります。」最近、利用者が目立ってきたキャンピングカー、ひと昔前は輸入車が主流だったが、今は国産もいろいろある。

 コーチビルダーとも呼ばれるキャンピングカー製作者。九州の草分けといわれるのが山鹿市鹿央町の朝倉信洋さん(54)だ。

 朝倉さんは熊本第一工業高校(現開新高校)を卒業後、建築設備会社をへて父親の知人だった熊本市の板金塗装会社に入った。住み込みで技術を習う文字通りの弟子入り。ヘリコプターや船まで造る社長に感化され、加工する楽しさを覚えた。

 家業の自動車修理業に就いたのが20才、板金塗装技術をフル活用、事業を拡大していった。

 塗装技術を追求するうちバニング車を造り出した。ワゴン車にエアロパーツをつけたりシートを豪華にするカスタマイズ(改造)車だ。その技術を生かし、1980年頃からはワンボックスカーにキッチンなどをつける部分改造キャンピングカーを手掛けるようになった。「部品もなく、手探りでした」と朝倉さん。

 改造技術を高めた90年、カスタマイズの最高峰でもあるキャンピングカー製作を埼玉県の同業者などと企画。米国からキヤンピングカーの千点余に上がる材料を共同購入した。

 「埼玉の工場でイトレや流し台など一つずつ組み立てましたよ。ところが、材料は設計図通りに加工されておらず手直ししながら製作しました」

 トラックの荷台を外して設備を架装。2週間で熊本に持ち帰った。10台分仕入れた材料でキヤンピングカーを販売しはじめた。車名はKD。米国製の材料を日本て組み立てるノックダウン方式から名前を取った。3ヶ月も掛けて完成させた一号車を販売したのが91年だった。手間と根気が物をいう仕事。一緒に技術を学んだ同業者から製作依頼もくるようになった。

 ベッドにもなるシート。ガスコンロや室内灯、トイレなどの設置。清水や排水のタンク、電線の配置など一つずつ手を入れていく。設備を配置後に外装の壁を建てるにも、1ミリの狂いがないように気を配る。

 「今では輸入部品も手に入りやすくなり架装しやすくはなった。でも客の要望や利用スタイルで違うように造るのがキャンピングカー。動くから必ず不具合も出てくる。それを前提に修理しやすい車づくりを心がけている。手塩に掛けた車を提供したい」と朝倉さん。

 他メーカー車の修理も引き受ける。県外客が多かったが、団塊世代の関心が高くなった最近は熊本の客も増えた。柔和な顔つきに荒くなった手。キャンピングカーづくりの約20年と、それまでの自動車修理業の時間が染み込んでいる。



 社会の第一線で活躍するプロが各界にいる。職業人として生計を立てるまでには人並み以上の苦労を重ねている。サラリーマンもいれば自営業者もいる。その道に生きる熊本人を追った。



記者独白より (山口達也氏)
 
 朝倉さんの造るKDはパネルをつなぐ工法。最近は、他社が手掛ける丸みのある一体成型車が人気だが「四角いボディは室内空間が取れる利点が大きい」とこだわる。専門誌でも取り上げられ車ともども名は知られている。歌手の尾方大作さんのバイク積載特殊車や熊本県警の移動交番など、キャンピングカーを応用した特殊車も提供。「家族がきずなをつなぐ車を提供したい。暮らしに役立つ、本当に良い道具に育てていきたい」の言葉が記憶に残った。
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